日本の祝日と明治時代の祝日による歴史を振り返る

日本の祝日がいつの間にかに変わっているという経験をした人も少なくないでしょう。
パッピーマンデーの導入もその1つですし、時代に合わせて少しづつその内容も変わってきています。
では、いつから始まってどのように変化してきたのか、歴史について紹介します。

明治時代の節句などからはじまる祝日

まず日本で初めに祝日が定められたのは、明治3年の太政官布告第57号で9つの祝日が誕生しました。
その9つとは、現在も適用されているもの、現在は廃止されてしまったものも含まれています。
1月1日の元日、1月15日の小正月、3月3日の上巳の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、7月15日のお盆、8月1日の八朔・田の実の節句、9月9日の重陽の節句、9月22日の天長節です。

現在は1月15日は小正月から成人の日に代わり、またお盆は7月ではなく8月となり、祝日には含まれていません。
また節句の中には見慣れない言葉もあるかもしれません。

八朔・田の実の節句とは、八朔は八月朔日の略語で、朔日とは1日の事なので、旧暦の8月1日という意味になります。
そして祝日が定められた当時は、農業で生計を立てている人が多く、台風の時期に田の神様に稲穂が成長し、豊作でありますようにと祈る日という意味になります。

重陽の節句とは、中国か伝来した考えが元になっています。
中国では奇数が陽の数として、9が重なる9月9日は凄く縁起がいい日と考えられていました。
また菊の香りを移した菊酒を飲んだら不老長寿になったという言い伝えがあったことから、9月9日の縁起がいい日に長寿を願う日として祝日に定められたのです。今の敬老の日みたいなものと考えると分かりやすいでしょう。

そして天長節は節句ではなく、天皇誕生日を祝う日です。
現在の天皇誕生日は12月23日で、昭和の日には昭和天皇の誕生日を祝う日です。
つまり、天皇が代替わりする事によって、天皇誕生日である祝日は時代とともに変化していく訳です。

明治以降の祝日の変更などはありますか?

その後明治時代に定められた日本の祝日が、何度か改定を行い、大正元年になると国民は勅令第19号により週休2日制と祝日3日、祭日7日が休日と定められました。
では、祝日と祭日の違いについて、答える事ができますか?

祝日とは、歴史的なでき事や功績のある人物を称えて制定された記念日。

祭日とは宗教儀礼上重要な祭祀を行う日として制定された休日でした。
ですが、その後昭和22年に国民の祝日に関する法律が施行されたことで、祭日は存在しなくなりました。